| 1908年9月1日 |
1885年(明治18年)に高橋是清が発令した専売特許条例を礎とし、1905年特許・実用新案・意匠・商標の4法が確立した。その3年後、内村達次郎が協和特許法律事務所の前身となる「内村特許事務所」を東京・銀座に開設した。 |
| 1913年 |
特許局(現特許庁)から小谷鉄次郎を迎え、事務所名を「内村・小谷特許事務局」と改称した。 |
| 1943年3月 |
太平洋戦争の最中、1911年に入所した藤田実雄が所長に就任し、「藤田実雄特許法律事務所」に改称した。 |
| 1952年7月 |
市川一男が所長に就任。事務所名を「協和特許法律事務所」と改称した。(事務所名に日本初の抽象名称を使用) |
| 1961年 |
猪股清が所長に就任し富士製鐵ビル(現在の丸の内二重橋ビルディング)に移転した。 |
| 1969年 |
猪股清は、日本、台湾、韓国の有志弁理士とともにアジア弁理士協会(The Asian Patent Attorneys Association / APAA※)を設立した。翌年初代APAA日本部会会長に就任し、事務局を協和特許法律事務所内に置いた。その後1984年にAPAA本部会長に就任した。
※APAA - アジアにおける知的財産権に関する代理人の唯一の国際団体で、現在オセアニアの2地域を含む24の地域で構成されている
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| 1985年 |
佐藤一雄が所長に就任し特許管理システムの独自開発に着手した。 現在でも弁理士・弁護士の教育制度の一環として設けている米国及び欧州での所員研修を開始した。 |
| 1990年 |
佐藤一雄が第37代弁理士会会長に就任。特許の電子出願制度の導入に尽力し、内閣総理大臣より産業財産権制度運用特別功労賞(現知財功労賞)を授与された。 |
| 2004年 |
2001年所長に就任した吉武賢次は、事務所に中国室という新しい部門を開設し、中国からの研修生の受入れ等、アジアの知財戦略における人材育成に尽力した。 |
| 2008年9月 |
創立100周年を迎え、東京會舘にて記念式典を開催した。 |
| 2013年4月 |
吉武賢次がAIPPI(一般社団法人日本国際知的財産保護協会)日本部会やAPAAの活動を通して、国内外の産業財産権制度・運用に関して貢献し、経済産業省・特許庁より知財功労賞を授与された。 |
| 2013年5月 |
半世紀以上事務所を構えていた富士製鐵ビルの解体・新築工事のため、日本生命丸の内ビルに移転した。 |
| 2015年9月 |
従来の所長制による事務所運営を改め、未来を見据えたより安定的な経営体制実現のため、パートナー制に転換した。 |
| 2018年9月 |
創立110周年を迎え、クライアント様向けの知財セミナーを開催した。 |