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シンガポール特許法改正の概要

協和特許法律事務所
弁理士   箱田 満
弁理士 佐々木 誠

1.はじめに
 2014年の2月14日にシンガポール特許法の改正が予定されてます。今回の改正は特許法および規則が大幅に修正される大規模なものですので、実務への影響が非常に大きいと予想されます。今回の改正について、現在得られている情報を基にご紹介させて頂きます。

2.改正法の適用時期
 この改正法は、2014年2月14日以降にシンガポール特許庁に提出された出願に対して適用されます。具体的な適用基準日は以下の通りです。PCT出願の国内移行では、新法適用基準日が「国内移行日」となり、分割出願では「分割出願の出願日」となっていることに注意が必要です。

3.改正ポイント一覧
 今回の改正は比較的大規模なものであり、改正項目も多岐にわたります。以下に、主要な改正項目の一覧を示します。

(1)自己査定制度の廃止
(2)ファーストトラック・スロートラック制度の廃止
(3)特許権の回復における適用要件の変更
(4)権利付与後の再審査・再調査の廃止
(5)期間延長制度の修正
(6)権利放棄規定の修正
(7)特許査定後の補正手数料の修正

 上記のうち、特に実務への影響が大きいと考えられる(1)自己査定制度の廃止と(2)ファーストトラック・スロートラック制度の廃止について、以下に詳しく説明します。

4.自己査定制度の廃止
(1)従来の制度の概要と改正の背景
 シンガポール特許制度の特徴の一つとして、審査ルートが2種類あることが挙げられます。一つは通常の実体審査(Substantive Examination)であり、もう一方は修正実体審査(Modified Substantive Examination)です。通常の実体審査では、他国と同様に新規性や進歩性などの実体審査を行い、修正実体審査は対応出願の他国での審査結果等を提出することにより実体審査を行わずに登録します。2014年1月現在で利用できる審査結果は、米国、欧州、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本および韓国特許庁における最終審査結果またはIPRPでの調査結果です。他国で特許されたクレームに合わせて登録することができ、審査請求費用もかからないため(登録申請費用のみ)、出願人にとっても非常にメリットの多い制度です。この修正実体審査は、他国での審査結果が否定的なものであっても登録することができる制度であることから、出願人自らが特許性を判断する自己査定制度と呼ばれています。
 一方、この制度では実質的な審査が行われていなかったため、シンガポール特許法では本来登録され得ない発明まで登録されるという弊害がありました。例えば、シンガポールでは人や動物の治療方法は特許の対象ではありませんが、人以外の動物の治療方法に関する対応出願が日本で特許になっている場合などは、自己査定制度によってシンガポールでもそのまま登録される可能性が有りました。
 本改正では、このような不安定な特許制度を廃止して、より信頼性の高い特許制度を確立することを目的としていると言われています。

(2)改正の詳細
 法改正後は、これまでの2種類の審査ルート(通常実体審査と修正実体審査)を維持したままで、修正実体審査の要件として他国の審査等で肯定的な結果が出ているもののみを登録するように修正されます(肯定的特許付与制度(Positive Grant System)と呼ばれています)。つまり、今後は他国で拒絶された出願に係る発明をそのまま登録するというようなことはできなくなります。
 さらに、今後は修正実体審査においてシンガポールの審査官が補充審査(Supplementary Examination)を行い、形式的な要件を審査することになります。現在までの情報によりますと、補充審査には審査請求手数料は掛からないようです。この補充審査で審査される予定の項目は以下の通りです。

・クレームが明細書にサポートされているか
・新規事項の追加がないか
・ダブルパテントに当たらないか
・医療方法に当たらないか
・公序良俗違反に当たらないか
・対応出願のクレームと関連しているか(広くなっていないか)

 上記のうち、特に注意が必要であるのは「新規事項の追加の有無」の項目であると言えます。シンガポールの審査実務では、新規事項の追加は比較的厳しく判断される傾向があるため、他国で認められた対応出願の補正がシンガポールでは認められない可能性があります。例えば、米国は補正に対して比較的寛容であることから、米国で特許査定を受けたクレームにシンガポールのクレームを合わせて補充審査請求を行っても、今後は補正が認められない事態が生じ得るのではないかと予想されます。
 また、今後は対応出願の許可クレームとシンガポール出願の審査クレームとの関係が厳しくチェックされるため、両クレームをしっかりと対応させておくことが肝要であるといえます。この点は、近年頻繁に利用されるようになっている、特許審査ハイウェイ(PPH)における実務と同様に考えれば良いのではないかと思われます。

(3)審査の流れ
 上記改正に伴い、審査の流れも大きく変わります。特徴的なのは、審査報告に対して1回レビュー(Review)を申請することができるようになる点です。このレビューにおきましては、意見書と補正書を1回提出することができるようです。なお、レビュー申請手数料は1,350シンガポールドルとのことです。
 では、各ルートの審査の流れを以下に示します。

@シンガポールで実体審査を行う場合

A他国での最終審査結果を利用する場合(肯定的な結果がある場合に限る)

5.ファーストトラック・スロートラック制度の廃止
(1)従来の制度の概要
 シンガポールにおける特許実務の特徴的な部分の一つとして、審査における各種期限をを出願人が選択できる制度があります。これは一般的にファーストトラック(Fast Track)とスロートラック(Slow Track)と呼ばれていて、出願人は出願日(優先権を主張している場合は優先日)から39ヶ月以内にブロック延長(Block Extension)という手続を行うことで、審査をスロートラックに移行することができます。国内出願(分割出願、パリルートを含む)ではこのブロック延長の費用として1,800シンガポールドルかかりますが、PCT出願の国内移行であればこの費用がかからないため、頻繁に利用されています。審査請求期限を遅らせることは、他国の審査結果を待つ上でも有利です。

(2)従来の制度と改正後の制度との対比
 改正後は、上記のようなファーストトラック・スロートラックの2つに分かれていた制度が、単一の制度に変更されます。現行のシンガポール出願の流れと、各手続の期限および改正後の期限を下表に示します。

 
 ※各期限はそれぞれ出願日(優先権を主張している場合は優先日)から起算。なお、分割出願は、親出願ではなく分割出願の出願日から起算する。

 これまで修正実体審査では、自己査定制度により実質的な審査が行われていなかったため、他国での審査結果の提出と共に登録料を納付していました。しかし、今後はそのような場合でも補充審査が行われるため、登録料納付期限は適格性通知から2ヶ月に変更になります。
 最後に現行制度と、改正後の制度のフローを以下に示します。

5.その他の改正事項
 その他の改正事項については、以下にまとめます。

6.改正法のメリット・デメリット
 最後に改正法の現行法に対する主なメリットおよびデメリットを以下に列記します。

(1)メリット
 ・現行法におけるファーストトラックに対して、各種期限(実体審査請求期限など)が伸びることになります。従いまして、パリルートの出願や、分割出願では高額なブロック延長手数料(1,800シンガポールドル、(PCT出願の国内移行による出願では無料))が不要になる点で有利です。
 ・審査報告に対してレビューを申請することができるようになりますので、拒絶に対する応答機会が増えます。
 ・現行法では、優先権を伴わないPCT出願(ダイレクトPCT出願)の他国での審査結果を利用することはできませんが、改正法ではこれが利用可能となります。

(2)デメリット
 ・現行法のスロートラックに対して、各種期限(実体審査請求期限など)が短くなります。従いまして、優先日から30ヶ月後に国内移行した場合、6ヶ月以内に実体審査請求の要否を決定しなければなりません(現行法では9ヶ月以内)。また、他国での審査結果を用いる場合の審査請求期限(補充審査請求期限)も6ヶ月短くなります。
 ・現行法では他国の審査結果を用いればほとんどそのまま登録されていましたが、改正法では補充審査が導入されるため、他国で特許になっていても拒絶される可能性があります。

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上記内容について以下のリンクよりファイルをダウンロードすることができます。
シンガポール特許法改正の概要 [PDFファイル:1.5MB]